龍と鳳凰が出会う瞬間(とき) 二見浦

こんにちは!前回ご紹介した二見浦での見学の様子を書きたいと思います。

昨年訪れた二見浦は急ぎ足での見学だったので、今年はゆっくり見学の時間を取ることにしました。

幻想的な夫婦岩の夜明け

色々調べてみると、なんと二見輿玉神社は終日参拝可能な神社だそうで、夫婦岩の日の出を拝みに行くことにしました。

夜も白々と明けてきて、明るくなってきた海岸を歩ていると、

早朝からヨガスタイルの外国人のグループとすれ違いました。(二見の地はスピリチュアルワークの地なのでしょうか?)

幻想的な雲

この二見で第八代アマカミのアマテルカミ(天照大神)は禊をされたのかと感慨深げに歩きました。

古代の禊とは

古代における禊とは今で言うところの身を清める行為、すなわち入浴に相当するものです。

現代でも体に着いた埃や皮脂の汚れを落とすためにお風呂に入ります。

入浴は身体の汚れだけでなく、目に見えない汚れ、穢れを浄化(クリーニング)する効果もあります。

特に海水に含まれる塩分は強力な浄化作用が期待されました。

ただし、海水はべたつき感があるため、禊の後には湧き水や川水で塩分を洗い流していたようです。

さて、美鈴が眷属の方に聞いたお話では、アマテルカミは衣服を着用して禊をされていたそうです。

海水は真夏でも冷たいし、なんといってもアマカミ(天皇)という尊い御身、

人前に肌をさらすのは、はばかられたようです。

美鈴が訪問した日は横に広がる帯状の雲が伸びていて、アマテルカミを連想させる鳳凰雲のようでした。

夫婦岩に近づくと、ますます鳳凰の翼に見えるような雲です。

朝焼けがとても美しく、空と海と夫婦岩の対比が印象的でした。

ハタレに陥った人々がマフツノカガミ(=ヤタノカガミ)を見て、自らのアイデンティティを確立し、

普通の人に戻ることが願われた地、まさに再生の地に相応しい場所でした。

サコクシロの意味

ちょっとここで、内宮の話になるのですが、内宮サコクシロとも呼ばれていました。

池田満氏の著書「縄文人のこころを旅する」を見ると、

サコクシロとは、ハタレの乱で短命に終わった人の鎮魂と、

一般の人々に真の幸せを及ぼすための教導の内容を意味すると書かれています。

晩年のアマテルカミ

アマテルカミのお告げ

アマテルカミは没後、ヤマトヒメ(垂仁天皇の皇女)にお告げをします。

昔、私の住まいしていたサコクシロはシキナミの寄するイセノミヤである。

長くここに留まりたいので、ミヤを守って欲しい。

このシキナミには【シ】=(為しゆくこと)、【キ】=(エネルギー)

ヒトのアモト(宇宙の源)から降されてきている意味

つまり、生まれ変わり=再生の意味とも取れると思いました。

龍と鳳凰が出会う瞬間(とき)

二見浦が強烈な禊と再生の地と悟った美鈴は心身ともにクリアーなエネルギーで浄化された気がしました。

写真には写っていませんが、数十名の方々がカメラを構えて撮影していました。

『それにしても、この雲はアマテルカミの鳳凰雲に見えるなぁ』と思いながら、

二見輿玉神社の参道を歩くうちに、とうとう鳥居の入口に辿り着きました。

そして、鳥居を出て空を見上げると、そこには、、、

『あ!あれは!!!まさしく』

アマテルカミ(👆左の鳳凰雲)とホノコヒメ(👆右の龍雲)

最強かつ最高のお二人がお出ましになられました!

アマテルカミとセオリツヒメ

ちなみに、、、

最強の禊の地で、この最強のお二人がお出ましになられたということは、

👆お正月っぽくしてみました

皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

伊勢神宮参拝記はまだまだ続きます。

【参考図書】
縄文人のこころを旅する/ホツマ辞典 池田満氏著

二見浦の誓い 三重県伊勢市

こんにちは!伊勢神宮内宮を参拝し終えた美鈴はバスに乗って二見浦(ふたみがうら)にやってきました。

二見浦(ふたみがうら)は、伊勢湾に面した海辺で、夫婦岩と朝日の美しい景観で知られています。

古くから禊の地とされ、伊勢参拝のはじまりに心を整える場所として親しまれてきました。

二見輿玉神社(2024年撮影)

バス停を降りて、二神輿玉神社の参道を歩いていると目の前に夫婦岩が見えてきました。

参道から近距離で見学できるので、かなり迫力があります。

夫婦岩(2024年撮影)

太古の時代の二見浦

現在は二見浦の名称ですが、古くはフタイワウラ(二つの岩がある浦)と呼ばれていました。

古来からの景勝時でアマテルカミ(天照大神)が禊をされた場所でもあります。

禊をされるアマテルカミ

歴史的な重要地

アマテルカミ御在位時に国内最大級の騒乱、ハタレの乱が起こります。

ハタレとは他人をたぶらかして金品をせしめる者の集団で、その乱に加わった人々は総勢70万9千人にも及んだそうです。

関東で猛威を振るったハタレのうち、ハルナを首領とする一派はこのフタイワウラめがけて押し寄せます。

あわよくば当時のミヤコであったイサワ(現:伊雑宮)にまで到達しかねない勢いです。

そこでアマテルカミは御自ら乱の平定に御出立されたのでした。

このフタイワウラの地は、ハタレの乱の決戦地でもあり、ここでハルナは捕縛されます。

乱の平定後、正妃ムカツヒメ(=セオリツヒメ)マフツノカガミ(=ヤタカガミ)を置いたため、

フタミノイワと名付けられました。

セオリツヒメと鏡

フタミの意味

マフツノカガミハタレの乱に加わった人々が、その鏡を見ることで、

再び普通のタミに戻れるようにとの願いがこめられ、フ=(普通の)タミ(民)と名付けられました。

ヤタノカガミはこんな感じで置かれていたようです(眷属の方談)

アマテルカミはハタレの乱の再発を防ぐためには人々の心の内側を整えることが最重要であると認識されたため、

ミクサタカラ(=三種の神器)ヤタノカガミを追加しました。

ヤタノカガミには【全ての人々の心に自立心が育つように】という願いが込められています。

現代においても必要な教え

このハタレの乱の教訓は現代を生きる私たちにも通じる重要な教えになります。

自分のアイデンティティが確立されると、他人がどうであれ「それもその人の人生」であり、

「私は私」であると成熟した心の余裕が持てます。

自分の中に価値を置くと、充足感で満たされて、行動にも自信が持てます。

悠久の歴史のなかで、いつしか忘れ去られてしまった出来事ですが、

二見浦の地は上古代においては、とても意義深い重要な場所なのでした。

伊勢神宮参拝記はまだまだ続きます。

最後までお読みいただきありがとうございました!

【参考図書】
ホツマ辞典/縄文人の心を旅する:池田満氏著

伊勢神宮参拝記 内宮編

こんにちは!前回の伊勢神宮参拝記の続きになります。今日は内宮に参拝した様子をご紹介します。

外宮をゆっくり参拝するとお昼過ぎになってしまうのですが、一刻も早くアマテルカミにお会いしたいのでそのまま内宮に向かいます。

多くの参拝者で賑わう内宮

この内宮の地はアマテルカミ(天照大神)が晩年にお住まいになったウヂミヤです。(サコクシロとも呼ばれる)

アマテルカミは美鈴の人生観や価値観をがらっと変えてしまったお方。

人生で先延ばしにしてきた問題、幾多の越えられない壁を乗り越えられたのも、すべてこのお方のお陰でした。

そして、日本で最も祓い清められる神社(と美鈴は思っております。)

内宮は【アマテルカミの御魂をお祀りする社】、肉体はお持ちではありませんが、スピリットな存在としてちゃんと内宮におられます。

アマテルカミは国民の全てを慈しむお方、愛が溢れているお方でありながら、放つオーラは男性特有の力強いものです。

(波動だけでも、男性か女性かははっきり分かります)

そして、上古代のアマカミ(天皇)に共通しているのが、【特定の参拝者をえこひいきせず、特別扱いしない】ということです。

あくまで平等なんですね。

五十鈴川のほとり

いときょう氏の本に「アマテルカミは晩年になっても度々内宮より小舟に乗って、五十鈴川を下って二見浦を訪れていた」

と書かれていますが、これは合っていると思います。

実際にアマテルカミは舟で移動されるのがお好きだったようです。(眷属の方談)

実際にお会いした時も、じっとしている方ではなく、フットワークの軽い方という感じがしました。

多くの参拝者の後に続いて、御正宮の前に着きました。

早速、御正宮の前に進み出て、アマテルカミにこの一年の感謝をお伝えすると全身白い御装束でお出ましになられました。

どうやらこの日は神事におでましになるようでした。

今も現世に御魂をとどめておられることに、もったいなくも、ありがたく、畏れ多い思いで胸がいっぱいになりました。

多くの参拝者の方がおられたので、深々とお辞儀をして、アマテルカミの御前を退出したのでした。

内宮の御手洗池

アマテルカミは美鈴に話しかけることはありませんが、

アマテルカミがどのように祈りをささげておられたか分かる一説をご紹介します。

アマカミ(天皇)は毎朝国民の幸せを祈ることを日課となさっています。
冬の雪降る日も、地面に伏してお祈りくださいます。

それは国民の幸せを願ってのことで、人の魂の源のタマの源泉である
宇宙の中心に祈りを捧げて下さいます。

出典:新訂ミカサフミ・フトマニ 池田満氏著

地面に伏してお祈りされる姿に感動さえ覚えるのですが、これはアメ(天)に対する敬意を表しています。

一般的には伏拝(ふしおがみ)と言って、より深い敬虔さを表す拝礼になります。

フトマニアマテルカミの人生哲学書とも言うべき書物なのでとてもおすすめです。

伊勢神宮参拝記はまだまだ続きますが、内宮編はこの辺で終わりにしたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!