こんにちは!横浜市のとある神明社にアマテルカミ(天照大神)がお出ましになっていると、
ある眷属の方に聞いたので、早速、横浜市泉区新橋町に鎮座する神明社に参拝に伺いました。
相鉄いずみ野線の緑園都市駅から住宅街を抜けて、いくつもの坂をアップダウンして辿り着きました。
Google mapの到着地に着いてもお社が見つからないので、ぐるっと道路を周って細い路地を入った所にありました。

地元の人から大切にお祀りされている神社といった感じで、地元の方の気遣いなのか境内に小さなベンチが置かれていました。
境内に由緒が書きがありました。
嘉元年間(1303~1305年頃)創建。当初は国常立神だけを祀る。 正和年間(1312~1317年頃)、伊勢神宮を参拝・遥拝する人が増え、村人との合議によって天照大神を合祀 文政~万延年間に社殿・境内を整備。(以下略)
ということで、主祭神は国常立神、天照大神の二柱となっています。
神明社なのに国常立神?と思われるかもしれませんが、
全国的に国常立神がお祀りされるようになった経緯は過去に3段階くらいに分けてあったそうです。
(ここから少し余談になります)
| 段階 | 時代 | 国常立神の位置づけ |
| ①伊勢神道の流入 (度会氏により大成) | 12~14世紀、特に13世紀 | 根源神・天地開闢の神として位置づける |
| ②妙見信仰の影響 | 中世~近世(12~17世紀以降) | 星辰・宇宙・根源神的な信仰と重なる |
| ③御嶽信仰 | 江戸後期、1785年~ | 国常立大神として山岳信仰・御嶽講に広がる 御嶽大神として(国常立尊・大己貴命・少彦名命)の組み合わせで祀る |
こちらの神社の創建が1303年頃ということなので、伊勢神道の流れで国常立神がお祀りされたのかもしれませんね。
というのも、1312年頃の中世は武士や有力庶民を中心に伊勢神宮への参拝が徐々に広まった時代でもあります。(そのため各地に御厨がつくられた)
もしくは古くから国常立神を祀る信仰が残されていのかもしれませんが、いずれにせよ、クニトコタチの御神威が
本来の元に近づいたのは良かったと思います。

こちらの神社の由緒には、昔の春・秋の祭礼では、老若男女が川で禊(みそぎ)を行い、
その後、社殿のそばにあった大きな桧の木を8回廻って心を鎮めてから祭事に奉仕したと伝えられています。

現代のような屋根付きの手水舎が普及したのは江戸時代に入ってからですが、
このような、本格的な禊は中世の中臣祓(なかとみのはらえ)や神道説の内清浄・外清浄に似ているため、
やはり伊勢神道の影響を受けているような気がします。
アマテルカミにご参拝
大分話がそれてしまいましたが、神明社の参拝の続きです。

早速、拝殿に向かいアマテルカミ(天照大神)に日頃の感謝をお伝えすると、
いつものようにお出ましになられました。

日々の生活の中で、色々と大変な出来事も多々あるのですが、
ここまで導かれているのは、ひとえにアマテルカミの御神威のお陰だと(美鈴が思っているので)
アマテルカミに御礼をお伝えすることが毎回、毎回増えてしまうのです。
いつものように深々と御礼をお伝えすると、いつものようににっこり微笑まれて、
サーっと祓っていただきました。
再度、深々とお辞儀をして、アマテルカミの御前を失礼したのでした。
この日お会いしたのはアマテルカミですが、クニトコタチもちゃんとお出ましになられるということです。
横浜市泉区新橋町の神明社 ― お近くにお住まいの方は是非ご参拝ください。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!

















































