伊雑宮参拝記 三重県志摩市

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年の伊勢神宮参拝にあたり、伊雑宮も参拝するがよいと眷属の方に言われたので、

行ってみることにしました。

近鉄志摩線上之郷駅から歩いてすぐのところにありました。

上之郷駅

二見浦は風が強かったのですが、こちらはポカポカと暖かいお天気でした。

この地は温暖で、当時でも住みやすい所だったのではないでしょうか?

案内板

このイサワの地は当時の大型船が停泊できる伊勢湾からも近く、気候も温暖です。

ニニキネ様が稲作の灌漑事業を最初に成功させた土地でもあります。

この灌漑事業により、全国的に稲作の多収がもたらされ、タミは豊かになっていきました。

交通の便、気候、食物の確保の点からもイサワミヤコにはうってつけの土地だったと思います。

皇大神宮別宮 伊雜宮

アマテルカミ(天照大神)トヨケカミ亡き後、人々をより幸福にするため、ハラミノミヤからイサワへの遷都を決めます。

アマテルカミマツリゴトを行ったイサワノミヤに行ってみます。

伊雑宮の鳥居

想像していたよりもお社はこぢんまりとしていましたが、その分、とても身近で落ち着いた空気を感じました。

鳥居をくぐり、手水舎で手を清めるとすぐに正殿が見えてきました。

参道にある「夫婦杉」
正殿

正殿の前にやってきました。こちらはまじかにアマテルカミにお会いできます。

他に参拝客はおられなかったので、丁寧にご挨拶をして、この国の発展にご尽力下さった感謝をお伝えします。

すると、アマテルカミは濃紺のお召し物でお出ましになられました。

いつものように慈しみ深く、あたたかいお心を感じました。

随分前にアマテルカミトヨクンヌ様と雰囲気が似ていると書いたのですが、

参拝者と距離感が近いのでそう感じました。

アマカミ(天皇)という近寄りがたい、想像の範疇を超えるイメージを払拭した方がアマテルカミなのでした。

正殿裏手の居住地

池田満氏の著書に社殿の奥に多くのお妃が生活していた台地があると書かれていましたが、

社殿の裏手に勾玉池があり、広いお庭が見えてきたので散策することにしました。

ですが、、、

光に包まれるお社でした

なんと!マムシ注意の看板が!!!社殿の奥が立ち入り禁止になったのは恐らく

マムシが出るからではないでしょうか?

安全には十分ご配慮ください。

「えっ!マムシ」っと、一瞬ひるんだのですが、

その日は、厚手のズボンに厚手の靴を履いていたので、地面が見える場所を歩き、

茂みや草むらは歩かないことを徹底して、お庭を見学させて頂くことにしました。

伊雑宮の勾玉池

勾玉池の周囲を歩くと何とも清々しく、木々の葉の合間から、ぱあーっと光が差し込んで、心が洗われるようでした。

イサワの温暖な気候もあり、ポカポカと心地よい散策になりました。

立ち入り禁止エリアを見渡すと、確かにアマテルカミ(天照大神)の13人のお妃が住むには十分な広さですが、

お付きの方々、お子様を考慮するとむしろ手狭では?と思いました。

池田氏によると、立ち入り禁止区域には杉の巨木の二樹があるそうですが、

残念ながら見学できませんでした。

忌火屋殿(いみびやでん)のすぐ裏手にもとっても素敵な夫婦木がありました。

忌火屋殿裏手の夫婦木

夫婦木の秘密

樹木の種が接近して発芽すると、幼木の段階で根が絡み合い、成長過程で組織レベルでつながる自然癒合が起こります。

この一体化により、耐風に強くなる、地盤を広く支える、養分・水分を融通し合うなどのメリットが得られます。

別々の存在でありながら、基を同じくして支え合う姿に、古くから人々は「夫婦」という名を重ねてきたのでしょう。

なんとも伊雑宮に相応しい大木ですね。

古代の息吹を感じる社叢

静寂の中を歩いていると、アマテルカミ御在位時の雰囲気を感じ取ることができました。

参拝者の方が立ち去ると、辺りは静寂に包まれて、ヒヨドリのさえずり声が響き渡ります。

イサワに遷都されたのち、アマテルカミホノコヒメ(=セオリツヒメ)との間に待望の御子、オシホミミ様が誕生します。

アマテルカミとセオリツヒメ

眷属の方に教えて頂いたのですが、実はニニキネ様伊勢のお生まれなのだそうです。

オシホミミ様に譲位した後に、アマテルカミは内宮の地にお移りになります。

巾着楠

有名な巾着楠も見学しました。

【巾着楠】

宿衛屋(しゅくえいや)近くにあるクスノキ。根元が巾着のように大きく膨らんでいることから、その名がつきました。 かつてそこにあった石を、成長とともに飲み込んでしまったためにこの形になったと言い伝えられています。 その形から「福を溜め込む」「財を成す」として、金運アップのパワースポットとしても親しまれています。

終始、光に包まれた参拝になりました。

古代の息吹が感じられ、光が織りなす神秘的な空間の伊雑宮に是非ご参拝ください。

最後までお読みいただきありがとうございました!

伊勢神宮参拝記はまだ続きます。

【参考図書】

ホツマ辞典/池田満氏著

龍と鳳凰が出会う瞬間(とき) 二見浦

こんにちは!前回ご紹介した二見浦での見学の様子を書きたいと思います。

昨年訪れた二見浦は急ぎ足での見学だったので、今年はゆっくり見学の時間を取ることにしました。

幻想的な夫婦岩の夜明け

色々調べてみると、なんと二見輿玉神社は終日参拝可能な神社だそうで、夫婦岩の日の出を拝みに行くことにしました。

夜も白々と明けてきて、明るくなってきた海岸を歩ていると、

早朝からヨガスタイルの外国人のグループとすれ違いました。(二見の地はスピリチュアルワークの地なのでしょうか?)

幻想的な雲

この二見で第八代アマカミのアマテルカミ(天照大神)は禊をされたのかと感慨深げに歩きました。

古代の禊とは

古代における禊とは今で言うところの身を清める行為、すなわち入浴に相当するものです。

現代でも体に着いた埃や皮脂の汚れを落とすためにお風呂に入ります。

入浴は身体の汚れだけでなく、目に見えない汚れ、穢れを浄化(クリーニング)する効果もあります。

特に海水に含まれる塩分は強力な浄化作用が期待されました。

ただし、海水はべたつき感があるため、禊の後には湧き水や川水で塩分を洗い流していたようです。

さて、美鈴が眷属の方に聞いたお話では、アマテルカミは衣服を着用して禊をされていたそうです。

海水は真夏でも冷たいし、なんといってもアマカミ(天皇)という尊い御身、

人前に肌をさらすのは、はばかられたようです。

美鈴が訪問した日は横に広がる帯状の雲が伸びていて、アマテルカミを連想させる鳳凰雲のようでした。

夫婦岩に近づくと、ますます鳳凰の翼に見えるような雲です。

朝焼けがとても美しく、空と海と夫婦岩の対比が印象的でした。

ハタレに陥った人々がマフツノカガミ(=ヤタノカガミ)を見て、自らのアイデンティティを確立し、

普通の人に戻ることが願われた地、まさに再生の地に相応しい場所でした。

サコクシロの意味

ちょっとここで、内宮の話になるのですが、内宮サコクシロとも呼ばれていました。

池田満氏の著書「縄文人のこころを旅する」を見ると、

サコクシロとは、ハタレの乱で短命に終わった人の鎮魂と、

一般の人々に真の幸せを及ぼすための教導の内容を意味すると書かれています。

晩年のアマテルカミ

アマテルカミのお告げ

アマテルカミは没後、ヤマトヒメ(垂仁天皇の皇女)にお告げをします。

昔、私の住まいしていたサコクシロはシキナミの寄するイセノミヤである。

長くここに留まりたいので、ミヤを守って欲しい。

このシキナミには【シ】=(為しゆくこと)、【キ】=(エネルギー)

ヒトのアモト(宇宙の源)から降されてきている意味

つまり、生まれ変わり=再生の意味とも取れると思いました。

龍と鳳凰が出会う瞬間(とき)

二見浦が強烈な禊と再生の地と悟った美鈴は心身ともにクリアーなエネルギーで浄化された気がしました。

写真には写っていませんが、数十名の方々がカメラを構えて撮影していました。

『それにしても、この雲はアマテルカミの鳳凰雲に見えるなぁ』と思いながら、

二見輿玉神社の参道を歩くうちに、とうとう鳥居の入口に辿り着きました。

そして、鳥居を出て空を見上げると、そこには、、、

『あ!あれは!!!まさしく』

アマテルカミ(👆左の鳳凰雲)とホノコヒメ(👆右の龍雲)

最強かつ最高のお二人がお出ましになられました!

アマテルカミとセオリツヒメ

ちなみに、、、

最強の禊の地で、この最強のお二人がお出ましになられたということは、

👆お正月っぽくしてみました

皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

伊勢神宮参拝記はまだまだ続きます。

【参考図書】
縄文人のこころを旅する/ホツマ辞典 池田満氏著

二見浦の誓い 三重県伊勢市

こんにちは!伊勢神宮内宮を参拝し終えた美鈴はバスに乗って二見浦(ふたみがうら)にやってきました。

二見浦(ふたみがうら)は、伊勢湾に面した海辺で、夫婦岩と朝日の美しい景観で知られています。

古くから禊の地とされ、伊勢参拝のはじまりに心を整える場所として親しまれてきました。

二見輿玉神社(2024年撮影)

バス停を降りて、二神輿玉神社の参道を歩いていると目の前に夫婦岩が見えてきました。

参道から近距離で見学できるので、かなり迫力があります。

夫婦岩(2024年撮影)

太古の時代の二見浦

現在は二見浦の名称ですが、古くはフタイワウラ(二つの岩がある浦)と呼ばれていました。

古来からの景勝時でアマテルカミ(天照大神)が禊をされた場所でもあります。

禊をされるアマテルカミ

歴史的な重要地

アマテルカミ御在位時に国内最大級の騒乱、ハタレの乱が起こります。

ハタレとは他人をたぶらかして金品をせしめる者の集団で、その乱に加わった人々は総勢70万9千人にも及んだそうです。

関東で猛威を振るったハタレのうち、ハルナを首領とする一派はこのフタイワウラめがけて押し寄せます。

あわよくば当時のミヤコであったイサワ(現:伊雑宮)にまで到達しかねない勢いです。

そこでアマテルカミは御自ら乱の平定に御出立されたのでした。

このフタイワウラの地は、ハタレの乱の決戦地でもあり、ここでハルナは捕縛されます。

乱の平定後、正妃ムカツヒメ(=セオリツヒメ)マフツノカガミ(=ヤタカガミ)を置いたため、

フタミノイワと名付けられました。

セオリツヒメと鏡

フタミの意味

マフツノカガミハタレの乱に加わった人々が、その鏡を見ることで、

再び普通のタミに戻れるようにとの願いがこめられ、フ=(普通の)タミ(民)と名付けられました。

ヤタノカガミはこんな感じで置かれていたようです(眷属の方談)

アマテルカミはハタレの乱の再発を防ぐためには人々の心の内側を整えることが最重要であると認識されたため、

ミクサタカラ(=三種の神器)ヤタノカガミを追加しました。

ヤタノカガミには【全ての人々の心に自立心が育つように】という願いが込められています。

現代においても必要な教え

このハタレの乱の教訓は現代を生きる私たちにも通じる重要な教えになります。

自分のアイデンティティが確立されると、他人がどうであれ「それもその人の人生」であり、

「私は私」であると成熟した心の余裕が持てます。

自分の中に価値を置くと、充足感で満たされて、行動にも自信が持てます。

悠久の歴史のなかで、いつしか忘れ去られてしまった出来事ですが、

二見浦の地は上古代においては、とても意義深い重要な場所なのでした。

伊勢神宮参拝記はまだまだ続きます。

最後までお読みいただきありがとうございました!

【参考図書】
ホツマ辞典/縄文人の心を旅する:池田満氏著

伊勢神宮参拝記 内宮編

こんにちは!前回の伊勢神宮参拝記の続きになります。今日は内宮に参拝した様子をご紹介します。

外宮をゆっくり参拝するとお昼過ぎになってしまうのですが、一刻も早くアマテルカミにお会いしたいのでそのまま内宮に向かいます。

多くの参拝者で賑わう内宮

この内宮の地はアマテルカミ(天照大神)が晩年にお住まいになったウヂミヤです。(サコクシロとも呼ばれる)

アマテルカミは美鈴の人生観や価値観をがらっと変えてしまったお方。

人生で先延ばしにしてきた問題、幾多の越えられない壁を乗り越えられたのも、すべてこのお方のお陰でした。

そして、日本で最も祓い清められる神社(と美鈴は思っております。)

内宮は【アマテルカミの御魂をお祀りする社】、肉体はお持ちではありませんが、スピリットな存在としてちゃんと内宮におられます。

アマテルカミは国民の全てを慈しむお方、愛が溢れているお方でありながら、放つオーラは男性特有の力強いものです。

(波動だけでも、男性か女性かははっきり分かります)

そして、上古代のアマカミ(天皇)に共通しているのが、【特定の参拝者をえこひいきせず、特別扱いしない】ということです。

あくまで平等なんですね。

五十鈴川のほとり

いときょう氏の本に「アマテルカミは晩年になっても度々内宮より小舟に乗って、五十鈴川を下って二見浦を訪れていた」

と書かれていますが、これは合っていると思います。

実際にアマテルカミは舟で移動されるのがお好きだったようです。(眷属の方談)

実際にお会いした時も、じっとしている方ではなく、フットワークの軽い方という感じがしました。

多くの参拝者の後に続いて、御正宮の前に着きました。

早速、御正宮の前に進み出て、アマテルカミにこの一年の感謝をお伝えすると全身白い御装束でお出ましになられました。

どうやらこの日は神事におでましになるようでした。

今も現世に御魂をとどめておられることに、もったいなくも、ありがたく、畏れ多い思いで胸がいっぱいになりました。

多くの参拝者の方がおられたので、深々とお辞儀をして、アマテルカミの御前を退出したのでした。

内宮の御手洗池

アマテルカミは美鈴に話しかけることはありませんが、

アマテルカミがどのように祈りをささげておられたか分かる一説をご紹介します。

アマカミ(天皇)は毎朝国民の幸せを祈ることを日課となさっています。
冬の雪降る日も、地面に伏してお祈りくださいます。

それは国民の幸せを願ってのことで、人の魂の源のタマの源泉である
宇宙の中心に祈りを捧げて下さいます。

出典:新訂ミカサフミ・フトマニ 池田満氏著

地面に伏してお祈りされる姿に感動さえ覚えるのですが、これはアメ(天)に対する敬意を表しています。

一般的には伏拝(ふしおがみ)と言って、より深い敬虔さを表す拝礼になります。

フトマニアマテルカミの人生哲学書とも言うべき書物なのでとてもおすすめです。

伊勢神宮参拝記はまだまだ続きますが、内宮編はこの辺で終わりにしたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!

伊勢神宮参拝記 外宮編

こんにちは!今回は伊勢神宮参拝記の様子を書こうと思います。

2025年某日、この一年間、トヨケカミ(豊受大神)アマテルカミ(天照大神)にお守りいただいた感謝をお伝えするため、1年ぶりに伊勢の地に到着したのでした。

早速、伊勢市駅から外宮に向かって歩き始めた途端、美鈴の頭上を大きなアオサギが飛翔していきました。

アオサギ(蒼鷺)
サギ科に属する最大級のサギ類、日本各地の田畑や川辺に生息、魚などを捕食。およそ200万年以上前(更新世)から、現在とほぼ同じ姿で生きていたとされる。
イラストにて再現

あっ!あれはまさしくトヨケカミ!」(トヨケカミアオサギのお姿でお出ましになることが多いです)

アオサギは「とにかく動かない鳥」、時には数十分も獲物を狙って動かないこともあります。

時の境目に立つようなその姿は、世の変遷をじっと見つめておられた、トヨケカミのお姿そのもの。。。

トヨケカミは海辺にもおでましに

トヨケカミの歓迎をありがたく受け取った美鈴は外宮へ向かったのでした。

ここで美鈴はとある変化に気づきました。「ん?」

昨年はここにコンビニあったっけ?昨年より外国人観光客が多い気がするけど気のせいかなぁ?

明らかに伊勢市のインフラがより整備されて、利便性が向上しているような気がするが、、、

首をかしげながら、外宮に到着すると、、、

そこで美鈴は驚愕の事実を目の当たりにします。

「えっ!?明らかに昨年の3倍以上の人がいる」

そう言っている間にも、大型観光バスが次々と外宮にやってくるではありませんか!

外宮の鳥居

「えっ?今日は平日なのに、こ、これは一体どういうことだろう?」

手水舎で身を清めた後、鳥居をくぐりぬけて、いそいそと外宮の参道を歩いていきました。

誠にお喜びのトヨケカミ

道中多くの方々とすれ違いましたが、どなたも幸せそうなお顔なのです。

トヨケカミはさぞお喜びだろう。

早速トヨケカミの御正宮前に行くと、多くの方々がおられました。

トヨケカミ

トヨケカミ真のリーダーの姿はどういうものか?みずからの立ち振る舞いや姿勢でお示しになられたお方。

あらゆる有名氏族の総氏神にあたり、まさに国民を腕にかき抱く父親のようなお方なのです。

早速ご挨拶に伺うと、普段は冷静なトヨケカミも多くの方々の参拝にとても喜んでおられました!

昨年は、あまり感情をお示しにならない御様子でしたが、満面の笑みをたたえておられます。

あのイサコヒメの父、ワカヒメ様の祖父ですから!

改めて深々とお辞儀をして、トヨケカミの御前を失礼したのでした。

伊勢神宮参拝記は続きますが、

今日はこの辺で終わりにしたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!

アマテルカミ(天照大神)の真の価値

こんにちは!今日はアマテルカミ(天照大神)の真の価値について考えてみたいと思います。

アマテルカミは歴代のアマカミ(天皇)の中でも、実に70万9千人という膨大な人数のハタレと対峙したアマカミでもありました。

ハタレとはホツマツタエ関連書籍の著者、池田満氏の言葉をお借りすると、

「人々を混乱に陥らせて身ぐるみを剥いでしまおうとする悪辣な者たち」を指します。

それでは、どうして人々がハタレに陥るのか?その心の動きを見ていきます。

ハタレの心のうち

池田氏の著書「ホツマツタエを読み解く」には次のように書かれています。

幸せそうな他人を見るとたぶらかして、その富や幸せを横取りしたいと思う
他人の不幸は蜜の味という減算幸福感が顕著に際立った人達
他人との幸福比べに終始し、他人の幸せを横取りしようという思い

ハタレの集団はこの心の奥底にある不安や畏れから人々をたぶらかして、金品をかすめ取りました。

皆さんはここで挙げた項目を見て、何かお気づきになられたでしょうか?

実は、いずれも【他人】という文字が入っているのです。

つまり不幸の根源とは【他人軸で生きている状態】ではないでしょうか?

他人が考えた価値観、世間一般の価値観や幸せの概念、それがイコール真の幸せであるとは限りません。

多額のお金を得て裕福になるのが幸せという人もいれば、夫婦でほのぼのお茶をすするのが幸せという人もいるでしょう。

つまるところ、真の幸せとは【既成概念に囚われず、本当の自分の価値を見出し、己を真に愛し、認めることで、他者も受け入れられる境地】ではないでしょうか?

結局、他人と比べている状態では、真の自分がおろそかになっている状態なのですから、根底に不安がつきまとうのも無理はありません。

真の幸せに必要なもの:自我の確立

そして、当時のアマカミ(天皇)であられたアマテルカミは、

例え物質的に豊かになったとして、『自我の確立=(アイデンティティ)』なくしては、本来的な幸せの実現は不可能であると、二千年以上も前に悟られたお方なのです。

そして、第三番目のカンタカラ=神器にヤタノカガミを追加しました。

ヤタノカガミには、『全ての人々の心に自立心が育つように』という強い願いが込められています。

『人の真の幸せとは何か?』この壮大なテーマを2千年以上前に悟られていた、これがアマテルカミ(天照大神)の本当の価値であり、

最高神としてお祀りされているゆえんなのだと美鈴は思います。

アマテルカミのすごさを更に解く

繰り返しになりますが、アマテルカミがアマカミ(天皇)というお立場で、冷静に人の心の動きを読み取り、

2千年以上も前に『人の真の幸せ』気づいたことが本当にすごいことなのです。

【本当の自分】、【人としての真の価値】を見抜くとは、自分がその境地にいないと気付けません。

これを仏教における【解脱】、【悟り】と言い換えることもできると思います。

そして、それこそがあらゆる宗教が目指していたゴールではないでしょうか?

主要な宗教・思想における「解脱の概念」一覧

各宗教と照らし合わせるため、この場では解脱という言葉をお借りしましたが、アマテルカミ(天照大神)の思想はあくまでも縄文哲学です。

アマテルカミ(天照大神)の
縄文哲学
自我=(アイデンティティ)の確立ミカクウツワハモトノモリ
ホツマツタエ17-80
仏教 (Buddhism)涅槃(ねはん)(ニルヴァーナ, Nirvāṇa) 解脱 (Vimukti/Mokṣa)煩悩の火が「吹き消された」状態。苦しみと輪廻から完全に解放され、心の究極的な平和を得た境地。
ヒンドゥー教 (Hinduism)モークシャ (Mokṣa) ムクティ (Mukti)輪廻転生 (Samsāra) のサイクルから解放され、個の魂(アートマン)が宇宙の根源(ブラフマン)と合一した永遠の自由の境地。
ジャイナ教 (Jainism)カイヴァリヤ (Kaivalya) モークシャ (Mokṣa)「孤独」「独立」**という意味。魂(ジーヴァ)がカルマの束縛を完全に断ち切り、完全な知識と永遠の至福を得た状態。
ヨガ/サーンキヤ学派カイヴァリヤ (Kaivalya)精神(プルシャ)**が物質(プラクリティ)の働きから完全に分離し、真の自己として独立した状態。

自分の心をチェックする

現代社会は情報が多岐に渡り、何が真実なのか?何が正しいのか?分からなくなることもあると思います。

そんな時には他人軸で生きている状態と、自分軸で生きている状態を比較すると分かりやすいと思います。

ここに一覧に纏めましたので、是非、参考にしていただきたいと思います。

😱 他人軸に囚われている状態 (苦しみの原因)✨ 解脱・悟りの境地 (真の自由)
自分の価値の軸外部にある (他者の評価、実績、世間の基準、組織への貢献度)内側にある (自分の存在そのもの、無条件の自己愛)
感情のサイン心がざわざわする、苦しい、不安、自己否定心の平和、安心感、喜び、満たされている
自己認識「〜でないと価値がない」 (条件付きの愛)「ありのままの自分で良かった」 (無条件の受容)
他者との関係比較、競争、嫉妬、分離(自分と他者を対立)受容、共感、尊重、ワンネス(すべてが繋がっている)
言葉の表現真実の感情を抑え込む、言いたいことを飲み込む真実を愛をもって表現する (健全な自己主張)
苦しみ束縛 (煩悩、執着) の中にいる状態解放 (自由) された状態

結論

以上のことを踏まえまして、美鈴が導き出した結論は、

ホツマツタヱ奉呈文4-5にかけて、以下のように書かれています。

ホツマツタヱ奉呈文4-5
後世のアマカミの治世のお手本とするため、
恐れ多くも、褒めたたえて、
ホツマツタヱの書にしたためました。
これを読んだ人は、どのような強気な者でも
真実の心で出会えた時には、
花が咲く御代となり、春が訪れるだろう。

真実の心と向き合い、本当の自分として生きることはこの上なく幸せであると思います。

だからきっと、「春やきぬらん」なんだと思う、と美鈴は強く感じるのでした。

最後までお読みいただきありがとうございました!

参考図書:
ホツマツタヱを読み解く 池田満氏著

アマテルカミ 横須賀にもおでましに?

こんにちは!先日アマノコヤネさんがお出ましになる神社を探していたところ、偶然にもアマテルカミ(天照大神)がお出ましになる神社を見つけたのでご紹介します。

横須賀市長沢に鎮座する天照大神(てんしょうだいじん)です。

天照大神の境内
【御祭神】

大日・貴尊、木花咲夜毘売命、伊弉諾尊、伊弉冉尊、大雀命、天児屋命 (神奈川県神社庁ホームページより)

眷属の方のお話では、なんとアマノコヤネさんはこちらの神社にもお出ましになるようです。

「この神社はアマテルカミをお祀りする神社のようですが?アマテルカミもお出ましになられていますか?」と尋ねたところ、

ちゃんとお出ましになるのだそうです。

早速、横須賀の天照大神に参拝に伺うことにしました。

京急久里浜線YRP野比駅からバスに乗るそうですが、歩くことにしました。

汗ばむ中、上り坂を歩くと、立派な社号碑が見えてきました。

実物はかなり大きいです

入り組んだ住宅街の中にあり、ちょっと迷ったのですが、案内の社標のお陰でようやく鳥居に辿り着きました。

小高い丘の上にあり、地元の方に大切にお祀りされている神社のようです。

由緒を伝える石碑があったので読んでみます。(随所略)

【由緒】

当社は天照大神を主祭神とし、口承によれば江戸時代のお伊勢参りの盛んな頃、
里人の三家(げんぜむ、きゅうぜむ、さんぜむ)が長澤のお伊勢山の地に伊勢の御分霊を勧請し、
長沢の鎮守さまとして、奉斎したのがその始まりと伝えられています。

アマテルカミ(天照大神)の御神徳を肌で感じておられる石碑に感銘を受けました。

拝殿横の看板には、

天照大神はいつの時代にも変わりなく、厳然として地域社会に存在しています。そして、毎年繰り返される祭りを通じ、伝統を継承し、社会秩序の安定に寄与し、人の和、地域の和を広げそのきづなを固く、つよくして下さいます。

きっとアマテルカミ(天照大神)の本質を理解されている方が書かれたのだと思います。

以上を踏まえて、早速アマテルカミに参拝したいと思います。

いつものように祝詞を奏上し、日々の感謝をお伝えすると、アマテルカミは神々しいばかりにお出ましになられました。今日はまた一段と光り輝いておられます。

今回は濃紺のお召し物を身にまとっておいででした。いつものようにニコニコ微笑まれています。アマノコヤネさんも嬉しそうに見守っておられます。

深々と一礼をして、御前を失礼しました。

拝殿

神社周辺も気の流れが良く、アマテルカミがお出ましになる神社に共通している特徴ですね。

清々しい気持ちになれる、天照大神(てんしょうだいじん)に是非ご参拝ください。

おまけ

折角なので、参拝後にYRP野比駅周辺を散策する事にしました。

駅から徒歩10分ぐらいになる野比海岸に行ってみました。

ヨコスカの看板が印象的

海岸から房総半島が見渡せました。日暮れ前に帰宅したので見れなかったのですが、夕日も綺麗だそうですよ。

ちょっとした公園もあったので、お子様連れの方も楽しめそうなエリアでした。

それでは今日はこの辺で終わりにします。

最後までお読みいただきありがとうございました!

オキツヒコさんに見る夫婦の教え

こんにちは!今日はホツマツタヱからオキツヒコさんのエピソードをご紹介します。

このオキツヒコさんは一般的には竈神(かみどかみ)=『家庭の火を司り、煮炊きを助ける神』として信仰されているそうです。

では、ホツマツタヱではどのように記載されているのか見ていきたいと思います。

その前に、オキツヒコさんとは誰なのかを説明します。

オキツヒコさん

オキツヒコさんとは

オキツヒコさんソサノヲさんの孫にあたる方です。ニニキネ様コノハナサクヤヒメのエピソードでも出てこられる方ですが、

ニニキネ様アシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)ウタを送る際に、勅使に選ばれた方です。

ニニキネ様の側近だったのでしょうね。)

もっと厳密に言うと、ソサノヲさんの6番目の御子、クラムスビさんの息子にあたります。

竈(かまど)の歴史

さて、オキツヒコさんのエピソードに入る前にちょっと竈(かまど)の歴史について触れたいと思います。

ホツマツタヱではミカマト(御竈所)の名称で出てきます。ということは、カミヨ(上古代)の時代に既に竈が存在していたことになります。

煮炊きで食生活が豊かに

カマト(竈)が存在しているのですから、当然カマ(釜)ニステカマ、ナベ・テナベ等、調理具に関する用語が出てきます。

池田満氏によると、カマトに掛けられていた用具は土器であり、考古学の研究に拠れば土器の存在は優に1万年は遡るのだそうです。

実際に神奈川県の下溝遺跡群で頂いたパンフレットには、縄文時代中期(5,500~4,400年前)には煮炊き用貯蔵用の土器が存在し、煮炊きができるようになったことで人々の食生活が安全で豊かになったと書かれています。

4,400年前に煮炊き用の鍋があったならば、アマテルカミの時代(B.C700~500年頃とされる)にはもっと使い勝手の良い鍋になっていたことでしょう。

どうしてミカマト(御竈所)の神になったのか?

それでは、オキツヒコさんのエピソードをホツマツタヱ本文から見ていきたいと思います。

今回は日本の古代文字ヲシテ語で掲載します。

ホツマツタヱ13アヤ 19-22
23アヤ 23-25

以上、ヲシテ本文からの引用です。

現代では使われない言い回し等あるため、随所で分からない箇所もありますが、美鈴なりに訳を考えてみました。

(何分素人の訳文ですので、誤りがある場合は何卒ご了承ください)

あるときオキツヒコさんは妻と仲たがいをし、縁が切れてしまいます。

父のウホトシさんが身内を呼んで、伊勢の宮にてマフツの鏡を覗いてみると、
夫がニステガマを分けて、妻はツクマナベを隠しています。

なんとかよりを戻して欲しいのに、とうとう夫も立ち去ろうとしています。

そこで、父親のクラムスビさんがオキツヒコさんを叱ります。
そして、汚れてしまったニステガマを磨くように言うのでした。


オキツヒコさんは親の言うとおりにして、再び妻とよりを戻します。
めでたく仲睦まじくなった二人はイモヲセ=(夫婦)の道を
守り、諸国を巡りこの逸話を世に知らせます。

アマテルカミはこのことをお褒めになって、
カマトカミの褒め名を与え、汚れてしまったテナベも
磨けば光ると仰せられました。

それで、オキツヒコさんは竈神(かまどかみ)としてお祀りされているという訳なのでした。

上古代のアマカミ(天皇)であられた、アマテルカミ(天照大神)が説いた夫婦のミチを『イセノミチ』と言います。

このオキツヒコさんのエピソードは、アマテルカミが説いたイモヲセのミチが詳細に書かれている、

ホツマツタヱ13アヤに記載がありますので、興味のある方は是非お読みください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

参考図書:池田満氏『ホツマ辞典』

届かぬことを思うなり…

こんにちは!今日は松本善之助氏の著書からアマテルカミ(天照大神)お人柄がよくわかるミコトノリをご紹介します。

ホツマツタヱ本文は「カンカガミヤタノナノアヤ」の章、該当ページは17-11~13になります。

トミタミヤタノカガミ(八咫の鏡)を拝んでいたところ、アマノコヤネさんが謹んで、

アマテルカミ(天照大神)ヤタノカガミの名前の由来を尋ねます。

アマテルカミヤタノカガミの名前の由来を説明し、古来よりアマカミ(天皇)が民を我が子のように慈しみ、教え育ててきたお話をされます。

では、早速アマテルカミのお人柄が分かる該当箇所を松本氏の書き下し文から見ていきます。

ホツマツタヱ 17アヤ11~13
むかし、神がお作りになったトホコ=(二種の神器のトとホコ)を、

イサナギ・イサナミ両神がお受けになり、それをいま私(アマテルカミ)が授かった。

トはアメナルミチの極意書で、タマはこの表徴であり、ホコはこのミチに反逆した者を

罰する重器である。ト(タマ)の心により、両神は民をわが子のように育て、厚く教えてきた。

私も及ばずながら努力してきた。しかしアメナルミチを行ずることは至難であり、

神の御加護を懸命に乞いつつ努力しているが、これでいいとはとても云えぬ。

まだまだ不十分と思うばかりである。

三種の神器のひとつヤタノカガミ

アマテルカミはカンタカラ(神器)カガミを加えたアマカミ(天皇)でもあります。

鏡は普通の状態の逆を映し出し、右が左、左が右となります。

そのため明暗、正誤を見分け、普段は見えにくい邪(よこしま)な部分を早期発見し、

人の心を健康に保つためにミクサタカラ(三種の神器)に加えられました。

(池田満氏 ホツマ辞典より)

これは、アマテルカミがオシホミミ様に三種の神器を伝授された時も、

「(八咫鏡に)汝の本当の姿が映し出されるでしょう。その姿がアメナルミチに適しているかどうか、

じっくり反省しなさい」と述べていることからも分かります。

アマテルカミ自らを振り返る

これは松本善之助氏も述べていますが、これはアマテルカミの謙虚さを窺い知る大切な下りです。

アマテルカミは国家の最高指導者でありながら、常に内省をしておられたことが分かります。

アマテルカミ

今で言うところの、瞑想みたいなこともよくされたそうです。(眷属の方談)

ここで大事なことはアマテルカミ精神的に自立した立派な人柄であり、

何かうまく行かないことがあっても、他者や外的要因のせいにしないで、

自らを省みるお方だったということです。

正真正銘の指導者に求められる素質

アマテルカミミコトノリから実に多くのことを学ぶことができます。

アマテルカミは国家の最高指導者でした。つまり、富や権力は全て持っておられたのです。

人は権力を持つと、過度の自信やメタ認知=(自分を客観視する能力)の低下により、自己評価が過大になりがちです。

そのため「自分の意見がもっとも正しい」といった誤認が生じやすくなります。

トップの立場におられるアマテルカミが謙虚に内省できる方だったというのは、

実はとても凄いことなのです。

これはトヨケカミ(豊受大神)の教育の賜物でもあるし、ご本人が持って生まれた性質もあったのでしょう。

そして、クニトコタチのトコヨクニ=(旧日本の国号)建国以来、代々のアマカミ(天皇)に受け継がれてきたミチでもありました。

自分を振り返る

美鈴も今より精神的に幼い時は誤りを認めるのは難しく、つい自己弁護をしてしまう時もありました。

しかし、悪いと思ったことは素直に認めて反省するように日々努力しています。

本当に器に広い人というのは、とっさの時にも、自らを正し、常に自分の心を見つめて、

問題解決に勤しみ、自己成長を怠らない姿を周囲に見せるのだと改めて思いました!

それでは今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました!

アマノコヤネさんがこちらに? 神奈川県厚木市 春日神社

こんにちは!今日は神奈川県厚木市に鎮座する春日神社をご紹介します。

神社庁のホームページをみると「春日さま」と書かれています。

春日さまといったらアマノコヤネさんのことなのですが、(理由は前回も書いたとおり、カスガマロというお名前だからです)

アマノコヤネさん

神社庁のホームページには社殿の写真も掲載されていないので、

美鈴:「ほ、本当にこの神社におでましになるのですか???」

眷属の方:「本当だ」

「うーん」眷属の方がそうおっしゃるので、早速、春日神社に伺うことにしました。

稲穂のコントラストが綺麗

春日神社へ

小雨が降りしきる中、本厚木の市街地から離れたところまで歩くと、自然豊かな場所にでました。

御祭神はこういう里山風の場所がお好きなのだろうか、、、

春日神社 外観

春日神社に来る途中はひとけが無くておっかなびっくりでした。神社手前に竹林があり、思わず眷属の方に

「み、見るからに蚊に刺される可能性大なんですけど、大丈夫ですか???」と

思わず聞いてしまいました。(蚊にはさされませんでした)

春日神社 鳥居

坂を上り切った正面左手が入口らしいです。境内に入ると穏やかなエネルギーが流れています。

小雨がぱらついてきましたが、参道にすすみます。

拝殿横の看板には以下のように書かれていました。

御祭神:武甕槌命、天児屋根命、木花咲耶姫命

由緒:1415年(室町時代)に勧請、1706年(江戸時代)の再興の棟札に神主奥田清正と載す今其の子孫村民にて当社の鍵を預かれり

アマノコヤネさんに参拝

早速、拝殿前で祝詞を奏上します。この国の発展にご尽力くださったこと、長年この国の行く末を見守って下さった御礼をお伝えすると、

アマノコヤネさんはちゃんとお出ましになられました。御魂もちゃんと写っています。

春日神社 拝殿

池田満氏の著書には、アマノコヤネさんは御母上のアサカヒメの体を受け継いだ偉丈夫な体と書かれてありましたが、背丈は中肉中背のお方でした。

確かに整った外見ではありますが、見るからにクシヒコさんフトタマさんのような為政者といった感じです。

オホナムチさんは華やかでどちらかと言えば、「企業家」「経営者」に近い方だと思いました。

アマノコヤネさん「実直」、「堅実」な方で、「無駄に税金は使いません」みたいな倹約家のオーラが出ています。

そして、これはちょっとびっくりしたのですが、アマノコヤネさんはただただ泣かれるだけで何もお話にならないのです。

「ど、どうしよう、、、」と美鈴も立ちすくんでしまったのですが、ビジョンを介してやり取りができました。

アマテルカミの素晴らしさ

アマノコヤネさんアマテルカミ(天照大神)への思い入れがお強いらしく、

大神の素晴らしさをビジョンで教えて下さったのです。

大神は率先して臣下にへりくだるので、周囲は感動して付き従ってしまうのだそうです。

アマテルカミ

普通は目下の人がまず先に上の立場の人に敬意を示し、目上の人が目下の人に目をかけると思うのですが、

アマテルカミは目上の立場にいるご自身がまず先に、目下の人を慈しむ姿勢を示すのだそうです。

そうやって人々を大切にするので、「このお方が喜ぶことは何でもして差し上げたい」と思ってしまうのだそうです。

たしかに、一国の最高指導者がそんな態度を示したら、誰だって感動してしまいます。

アマノコヤネさんは何も語らずとも、大切なことを教えて下さいました。

改めて深い御礼をお伝えして、アマノコヤネさんの御前を後にしたのでした。

藤原氏の祖神であり、このお方から数多くの歴史上の偉人が誕生しました。

そして、その多くが既に世を去り、ご本人は御魂を今にとどめておられるという非常にびっくりな状態であります。

お近くの方は是非、春日神社にご参拝ください

最後までお読みいただきありがとうございました!