こんにちは!眷属の方より、神奈川県川崎市麻生区に鎮座する琴平神社にアマテルカミ(天照大神)がお出ましになっているという情報を聞いたので、早速行ってみることにしました。
小田急線柿生駅よりバスが出ています。早速、由緒を見てみます。
琴平神社 由緒
正徳元年(1711年)以前より伊勢山に神明社が存在。(中略)当村鎮守大神宮を勧請し、
年々伊勢踊り神事祭礼、湯立神楽伝え来たり、文政九年(1826年)当村名主志村文之丞により
四国金毘羅祭神をこの地に勧請し、神明社、琴平社の合社が再建された。(以下略)
この由緒を見ると、琴平神社はもともと伊勢信仰として成立し、江戸後期に金刀比羅信仰が重層化した神社であることが分かります。
実は、金毘羅信仰も航海安全の神として、伊勢信仰と並ぶくらい江戸時代においてはブームだったのです。
その背景を纏めましたのでご覧ください。
金毘羅信仰が流行した背景

金刀比羅宮は庶民にとって開かれていたため、江戸期に爆発的に金毘羅信仰が広がったようです。
神明社の御祭神:天照大神と琴平社の御祭神:大物主神がお祀りされている神社になります。
オオモノヌシと言ったらクシヒコさんのことなのですが、
何とこちらの神社はアマテルカミとクシヒコさんのお二人がお出ましになる神社だということです。
(クシヒコさんはアマテルカミ(天照大神)の外孫で三輪氏の祖)

早速、本殿に参拝に向かいました。
琴平神社本殿
本殿は大鳥居前の交差点を渡った、石段の上にありました。
石段の上が小高い丘になっていたので、こちらが由緒にあった伊勢山ではないかと思います。

ちなみに伊勢山とは、一生に一度行けるかいけないか分からないくらい、
遠い伊勢神宮を身近で参拝するために、
小高い山や丘に神明社を建てて、伊勢の神域を再現していた場所です。
そのため、各地に伊勢山が存在します。

早速、本殿の前で祝詞を奏上すると、
アマテルカミとクシヒコさんのお二人がお出ましになられました。
いつものように感謝をお伝えすると、お二人ともにこにこ微笑んで、
サーっと祓ってくださいました。
お二人に御礼をお伝えして、今度は大鳥居のある儀式殿に向かいました。
琴平神社のここがすごかった
儀式殿に向かったのですが、この神社にはかなり驚きました。
まず、総社並みの鳥居の立派さ、

人工芝の敷かれた手水舎は初めて見ました。

そして、2007年に放火により焼失した拝殿が2011年には修復されるという対応の早さ、
そして、総社並みの社殿の立派さに改めて驚きました。

さらにすごいのが、63枚の天井画がすべて焼失したとのことですが、
画家である宮司さんが、すべてご自身で復元されたそうです。
(社務所に問合わせると見学できるようです)
儀式殿の前で手を合わせてお祈りすると、
こちらでも、アマテルカミとクシヒコさんはちゃんとおでましになられました。
こちらはクシヒコさんもお出ましになっておられるので、出雲大社と気の流れが似ています。
お社全体が参拝者に配慮された作りになっていたのも良かったです。
お近くの方は是非ご参拝ください!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!