こんにちは!先日、池田満氏のヤマトタケさん(日本武尊)のお話を読んでいたら、
東京都目黒区の現:大鳥神社の地にヲシロワケスヘラギ(景行天皇)が訪れたとありましたので、
行ってみることにしました。
景行天皇が東国に行幸された背景
次期スヘラギ(天皇)候補であった、ヤマトタケさん(日本武尊)は、
若くして早世されたので、ヲシロワケスヘラギ(景行天皇)は大変悲しみます。
しかし、ヤマトタケさんの意思を継いで、国書の編纂に取り掛かります。
完成したのが、『ホツマ ツタヱ』、『ミカサ フミ』、『カク ミハタ』です。

国書を完成させた後、亡きヤマトタケさんを回顧して、東国への行幸に向かいます。
東国入りしたスヘラギを出迎えたのが、サクラネマシさんとホツミテシさんでした。
このお二人は、ヤマトタケさんの妃:ヲトタチバナヒメの親族で、
お二人の住まいが今の目黒の地にあったそうです。
武蔵国と目黒の地名の由来
この多摩川の付近にトラカシワという方が住んでいました。
この方は、ヤマトタケさん御一行が多摩川に立ち寄られた際に、
誰かが落とした鐙(あぶみ:乗馬の際に足を乗せる馬具のこと)に、
カグの実をさして届けてくれた方です。
拾った鐙をただ届けるだけでなく、カグの実を生け花みたいに挿してくれた、
トラカシワさんの気遣いにヤマトタケさんはちゃんと答えます。
ヤマトタケさんは、ミサシ(実挿し)クニと名付けます。

ミサシクニがのちに武蔵国(むさしこく)となったそうです。
そして、ヲシロワケスヘラギ行幸の際には、トラカシワさんは、
榊の枝から人形を作ってくれました。

黒い瞳が生き生きとして、ヤマトタケさんが生きているようだったので、
ホツミテシさんとサクラネマシさんの館をメクロ(目黒)の館と名付けたのでした。
さて、以上を踏まえて大鳥神社にご参拝に向かいます。
ヤマトタケさんにご参拝
御祭神は日本武尊、弟橘媛、国常立尊と書かれています。
目黒はヤマトタケさん、ヲシロワケスヘラギ(景行天皇)お立ち寄りの地ですが、
今となっては大都会の一角を成す街となっています。

お正月の清々しい気で満ちた鳥居前にやってきました。
ヤマトタケさんは美鈴の参拝を待っておられたようで、
到着した途端、歓迎していただきました。
ヲトタチバナヒメもご一緒でした。とても美しい方でした。
(ヲトタチバナヒメはヤマトタケさんより一つ年上、ヤマトタケさんとの間に7人の御子をもうけられた)

お二人とも美鈴に話しかけることはありませんでしたが、とても歓迎してくださいました。
ヤマトタケさんは寒田神社でお会いした時は、ちょっとお疲れに見えたのですが、
すっかりお元気なご様子でした。
(というか、お会いした時は時代的に大変でしたという感じでした)
ヤマトタケさんの切実な祈りは数多く建てられた社が物語っている気がします。

ホツマとは、『まことの中のまこと』という意味なのですが、
美鈴は『本物の中の本物』とも思っていて、
ヤマトタケさんもこのホツマに値する方と思っております。

ヤマトタケさんに再度お礼をお伝えして、大鳥神社を後にしたのでした。
余談ですが、トラカシワさんという方は多摩川沿いに住んでおられたそうで、
トラカシワさんの村をヤマトタケさんが『タマガワアブミ』と命名されたそうです。
そのタマガワアブミの地が現在の東京都調布市 虎柏神社付近とのことです。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
ホツマで読むヤマトタケ物語/池田満氏著