こんにちは!伊雑宮の参拝を終えて、周辺にも見どころがあるようなので散策することにしました。

ヤマトヒメ(倭姫命)の旧跡地が気になったので行ってみることにしました。伊雑宮から歩いてすぐのところにあります。
第11代イクメイリヒコスヘラギ(垂仁天皇)の皇女、ヤマトタケさん(日本武尊)の叔母にあたる。
二代目のミツエシロ(斎王)を務めた。イミナはヨシコという。
ヤマトヒメゆかりの地
ヤマトヒメは内宮の地にアマテルカミ(天照大神)をお祀りする宮を建てた方でもあります。

倭姫命旧跡と書かれています。伊勢には各地にヤマトヒメの伝承があります。
鏡楠の残根と天井石がお祀りされていました。
伐採して根元を掘り起こしたところ、地下に石室があり、
そこから鏡(白銅鏡)が発見されたため鏡楠と呼ばれた。
【天井石】
鏡や勾玉が納められていた石室の「屋根」の役割を果たしていた石のこと。
古代~中世の祭祀跡とされる。
出土した鏡や勾玉が、倭姫命がかつてこの地に神宝を納めたという伝説を裏付けるものと考えられたため、
倭姫命旧跡地として崇敬されるようになったということです。
実際には室町時代の出土品だそうですが、古くからこの地が祭祀の土地であったことを物語っています。
伊雑宮造営者の社
倭姫命旧跡地のすぐ横に伊佐波登美命(いさはとみのみこと)という方のお社がありました。

案内板を読むと、伊佐波登美命は倭姫命に命ぜられ、伊雑宮を造営されたと伝えられています。
このお方を事前に下調べしておらず、本当に申し訳なかったのですが、

ご本人がちゃんとお社におられました✨✨✨
美鈴を見て非常に喜んでくださって、歓迎していただきました。

本当に可愛らしい方で、当時の巫女さんに近い神職についていたようです。
伊雑宮の造営に携わった方なので、改めて感謝と御礼をお伝えしました。
土地の記憶
名所や観光地に行くと、通説に載っていない地元の人だけが語り継がれた由緒に出会うことがあります。
おとぎ話のような逸話やここは昔からこうなっているという言い伝え的な逸話もあります。

志摩地方に伝わる「鶴の穂落し(ほおとし)」の故事に結びついた田植神事。
倭姫命が天照大神に供える稲の適地を求めて志摩を巡行した折、
白い鶴が稲穂を落とした場所がこの磯部であったという伝承に基づく。
真実を語れなかった時代においては、口承や口伝の形で真実の歴史が残された時代もありました。
公式記録だけではなく、地元の各氏族が残してきた独自の古文献も多数存在したことでしょう。
また、その土地で生活を営んできた人々の習慣や風習は文字だけでなく、
田植えなどの慣習や身体化された記憶として残されてきました。
伊雑宮付近の土地には、時を超えて繋がる「原点」があることに改めて気づかされました。
美鈴にとっても原点回帰の参拝となりました。
最後までお読みいただきありがとうございました!
伊勢神宮参拝記はまだ続きます。
ホツマ辞典:池田満氏著